萩市医師会は、西暦1840年(天保11年)9月4日に、時の萩藩主毛利敬親公(たかちかこう)の命により、賀屋恭安(かやきょうあん)、能美洞庵(のうみとうあん)両氏により、南園内に創設された時に始まる。
  その後、赤川玄悦(あかがわ げんえつ)、木周弼(あおきしゅうすけ)や長崎に留学中の阿部魯庵(あべろあん)その他多くの蘭方医による、1850(嘉永3年)南園内に好生館を設立し活動の拠点とした。
  反政府の山口移転に伴い、好生館は一時山口へ移転したが、後に萩にかえってきた。
 1871年(明治4)の廃藩置県が行なわれた。
 1881年(明治20年)阿武見島郡医師会となり、1920年(大正9年)阿武郡医師会となり、萩町の市制施行に伴い、1932年(昭和7年)7月27日萩市医師会となり現在に至っている。
 藩制時代に種痘を試みたり、死体解剖を行ったり、非常に先進的な活動がされた。「女体解剖図」は彩色も鮮やかに当医師会に保存されている。
 1918年(大正7年)には、阿武郡立看護婦講習所が設立され、昭和初期には、医師会付属の看護婦養成所が開講されている。
 会員による医学研究会は、1918(大正7年)より現在まで続いている。
 1940年(昭和15年)に紀元2600年を記念して医師会の事業として、萩市医師会史の編纂を計画、医師会史研究の第一人者である田中助一会員に依頼、田中会員の不撓不屈の努力により、1943年(昭和18年)萩市医師会略史完成、更に1959年(昭和34年)その続編が刊行」された。
 その後、社会の変動により医師会も変革されてきたので、その歴史を編纂中である。


平成26年6月1日 現在
役職名
氏名
担当業務
会 長
なかしま かおる
中嶋  薫
統括
副会長
もり  しげひろ
森  繁広
医療事故、医事紛争、患者情報、診療情報管理
あんどう せいいちろう
安藤  静一郎
救急医療、防災医療
理 事
しのだ きよたけ
篠田 陽健
庶務、諸規定、医政、共同利用施設、介護保険、福祉
よねざわ ふみお
米澤  文雄
会計、予算、決算、財務管理、地域医療計画
まつい  たけし
松井  健
労災、自賠責、診療報酬、治験
さくま  のぶお
佐久間 暢夫
高齢者保健、住民健診、産業保健、山口県産業保健総合支援センター
わたぬき あつし
綿貫  篤志
学校医、学校保健会、学術研究、学会、生涯研修
たまき  ひでき
玉木  英樹
准看護師養成
まえかわ きょうこ
前川  恭子
妊産婦・乳幼児健診、予防接種、臨床検査、医療情報システム、
かねた  けんいちろう
兼田  健一郎
会員福祉、リクレエーション、麻薬、毒劇物、税務、医業経営、労務、医療従事者、医療廃棄物、広報、会報